月別アーカイブ: 2006年7月

それぞれの夏

投稿者 笹崎辰裕
今日営業に行って道に迷った。
このこと自体は別段珍しいことではない。
私は営業は苦手である。なぜか?
お客様の家に着かないから。それだけ。
方向音痴の気持ちは、方向音痴にしかわからない。
たまにそのまま諸国を漫遊したくなる。そんな感じだ。
いつか母が言っていた「今、南ってどっち?」
全てはあなたのおかげですね。
その迷った先で山間に囲われた田園風景に会った。
今は遠い、生まれ故郷を思い出した。
私の家の前には塀が無かった。代わりに800メートルくらい先まで田んぼが広がっていた。
その中間くらいに「なかん土手」と呼んでた小道があり、そこを人が通っているのが小さく見えた。
田んぼの奥にはぽつぽつと家が建ち、緩やかに山の斜面へとつながっている。その山の中にも道があり、村落へと続いている。
これが、小さな庭と広縁とは言えない大きさの廊下を通して、居間にしていた和室から見える風景だ。
通風のために、窓につけている落とし板を全て取っている時に見える夏の風景だ。
今は別の住人がその風景の持ち主となっている。手ではぬぐいきれない記憶の中の、夏の一場面である。
家の中の思い出は、家の部屋それぞれの場面と、家から見えるそれぞれの場面、そしてそこにいる人たちで形作られる。
新築工事で、前にあった家を壊すときに思う。「この家が持つ思い出に見合うものを作れるだろうか」
着工のときに思う「これから作る家は思い出が宿るにふさわしいものになるのだろうか」
自信が無いわけではない。それでも必ず畏れに似た感情がわく。
「どうか・・・・」色々な言葉が心の中でその住まいに送られる。
三井工務店の陽気な社員達はどんな夏の風景を、これから創る住まいに込めていくのだろうか?
あ、名前に「夏」が入っている社員がいたなぁ。夏と言うより「サマー」の響きが良く似合う。そんなナイスガイだ。
ちなみに・・・・・・帰りはナビ使って帰った。

フィニッシュ OR ジエンド?

投稿者 笹崎辰裕
本日福祉住環境コーディネーターの2級試験があった。
私もそれを受けに行った。午前中仕事をし、朱鷺メッセで天丼を食べてから受けた。
いつも昼休みはだいたい仮眠を取っているので1時30分のスタート時には眠くて眠くてしょうがなかった。
夜寝るのが遅かったのもあるけど(^^;
それでも試験が始まると目が覚めるから、実は切羽詰っていたことを良く感じた。緊張してなかったのではなくて、真実からそっぽ向いてただけなのか。なるほど。
試験自身はさくさく行っていたよーな気がする。でも後半の三問思いもかけない展開になった。明らかに勉強してない部分が出てきたのだ。といっても問題は一冊の教科書からしか出ないので、明らかに私の勉強不足である。・・・・・ええ、みんな私が悪いんです。
分析はまだしてないのでなんともいえないけど、その時々の世相が問題に反映されているような気がした。まったく感だけど。
受かっているかどうか?受かっているなら間違いなく自慢するのでお楽しみに♪こういう私をカミサンはアピール大魔王という。なぜこの名称をつけられたかというと、私がごみすてに行くと・・・・まあどうでもいいや。
落ちていたら・・・・・8月18日以後の文章に勢いが無くなっていると思うので、掛ける言葉を若干優しくしてくれると笹はうれしいです。
今回の試験には対策講座をしっかり受けた。見事に「ハイここ試験にでま~す」先生の予想会ってましたよ♪
ああ、ここ習った習ったっての沢山ありましたもの。でも答えがあってるかどうかはワタシの責任。
赤い色鉛筆を耳にさして新聞を読んで、不敵に微笑んでいる先生の横顔が思い浮かんだくらいにつぼを得ていたような気がする。すごいなあ。
も一人試験方法についてメールでアドバイスをくれた。「まよったら、飛ばしてしまえホトトギス」
名言である。感謝♪♪
と言うことで、今晩私は北に足を向けて眠ることが出来ない。そば食べて眠ろうっと♪

朝型について

投稿者 笹崎辰裕
昨日は朝方の4時に起きた。
早起きは苦手なのだが、仕事上どうしても起きなければいけなかったので起きることができた。ちゅんちゅんすずめの鳴き声が新鮮だ。これが徹夜明けだと悲しく聞こえて仕方が無いのだが、昨日は自分で自分をほめよう。よーやった。でもホンとよく起きられたよなぁ。
「気持ちしだいだね~」
カミサンの言うとおりである。
これから朝方に変えようかななんてことまで考えた。色んな研修会に出ているがどの研修会の先生も口をそろえて言う。
「朝型はいいよ~」
確かに。起きた瞬間の眠いのを除けばそうかもしれない。
?とっても静かである
?時間の制限があるので集中できる
?たいていの人は寝ているので、自分だけの仕事ができる
・・・・・わかってるんなら実行しましょう。天から声が聞こえた気がする。
カミサンが出産の為実家に帰っていたときは、ちょっとだけ早起きをして走っていた。
ちなみに軽く小学生に抜かれるくらいなのでとっても遅い。
信濃川の土手を走るのだが、結構おんなじ人に会ったりする。それが楽しい。
図に乗って走って、ふと振り返って後悔するときもよくあった。思えば遠くに来たもんだ。長生橋がどこにも見えない。走る前に食べたチョコレートで上げた血糖値がすでに元に戻ってる。頭の中で聞こえていた、たぶん誰もがジョギングのときに思い出すロッキーのあのテーマが、大岡越前のテーマに代わっている。
・・・とにかく早起きはいいもんだ。
今日も早起きしようかなあ・・・・ってもうこんな時間?
そういえば先生はこう言ってた。
「早起きのコツは早寝です」

事務所の2階

投稿者 笹崎辰裕
作日は休みだった。
といっても明日試験があるので朝から教科書とにらめっこ。昔から何か覚えるには手を動かした方が頭に入る性質なのだが、ここまで来るとそうも言ってられない。試験に出そうなくさいところをチェックチェックした。
息子を保育園に送り、勉強して、昼飯食べて、休憩して、勉強して、お風呂洗って、息子の髪の毛を切って、泣き叫ぶ子供たち二人を風呂に入れて、娘を寝かせ、夕飯を食べ、息子を寝かせ、米をといで・・・・・力尽きた。
家事は普段はそんなにやっていない。変える時間が不規則なので子供と交流を取れるのもまちまちである。よく子育て本に書いてあるようにカミサンと一日仕事を変わってみると、実際普通に大変である。
子供たちはなぜ私の遺伝子を受け継いでいるのに何でこんなに言うことをきかないのか?上記「泣き叫ぶ子供たち二人を風呂に入れたとき」なんか思わず普段のカミサンを尊敬してしまったくらいだ。
家は実家が近いのである意味とっても楽な部分があるけれど、そうでない人たちは大変なんだろうなあ。
いろんな形の家族があるとは思うけど、それぞれにいろんな「大変」があると思う。
自分でもいろんな大事な事をつい忘れたり、気づかなかったりするのでちょっと一歩か半歩か下がって見直す必要が時々にしてある。なんでも当たり前と思わないように気をつけよう。
で、そのカミサンが昨日娘の予防接収に病院へ行ってきた。
そこで息子と同じ名前をつけた方(つけたのはあちら様が先。一月弱早かった)にあったそうだ。びっくりすることにその方の娘も、家の娘と同じ月に生まれたそうだ!二人とも同級生かぁ♪
「夫婦の発情期が同じだったんだね」
と言ったら、
「これあなたに投げつけていい?」
その手には娘の変えたばかりの使用済みオムツが握り締められていた。

プロの仕事

投稿者 笹崎辰裕
「プロ」と言う響きにどんなことを感じるだろうか?
正しくは「プロフェッショナルPROFESSIONAL」
訳すと「職業的な」・・・・いきなり夢が無い話になりそうだ
とにかく「響き」的な部分だけで考えてみよう
何か特別な技術に秀でている者、その技術によって生計を立てているもの。いわゆるプロゴルファーやプロボクサー、プロの演奏者なんて人たちが浮かんでくる。一芸に秀でたものというのが学生時代の私が感じていた「響き」だった。凄い人。ちょっと偉い人。
私が専門学校を卒業するときに担任の先生から言われた言葉。
「貴方達は今日からプロです。プロゆえにあなた方はその仕事一つ一つに責任を持たなければなりません。プロの自覚を忘れないようにしてください」
自分がプロ?一芸に秀でてません。凄くありません。偉いワケないです。というより「プロ」と言う意味がその時にがらりと変わった。
「大変なんだ、プロって」そう思った。
でも、仕事を始めると、特に住宅建築業にかかわってからはそりゃ当然だなと・・・・
責任感なしで住宅を作ったら・・・・・恐ろしい・・・・・お客様を毎日不安にまみれさせて平気な神経がわからない。
私はものすごーく不器用。一度大工さんの手伝いをしたことがある。お客さんに伝えたら非常に不安そうな顔をして「大丈夫なの」と言われた。それからは釘の一本も打っていない。適材適所。専門家に対して感じるお客様のイメージは大きいんだなと感じた。そして期待も。
職業柄色んな専門職の人たちと出会う機会がある。現場での仕事、現場にいたるまでの打ち合わせの中で展開される専門知識。いつもたいしたもんだなと思う。
負けてらんね。私だってプロだもの。言うことに責任を。行うことに責任を。
何のために?私とかかわる人たちへの形となる信用のためかな?
ちなみに昨日ピアノの先生との会話の中で「あの曲(かなり面倒な曲です)の人って?」と聞いたら
「この曲の人?」と何気ない顔して簡単に出だしを弾いてくれた。
・・・・・うわーカッコいい!かく自分もこうなりたいもんである。

ご挨拶

 皆様今日は。三井工務店専務取締役の笹崎辰裕です。
 本日からブログを公開いたします。
 昨今様々なブログが公開されていますが、多くのブログがそうであるように私どものブログも、私どもがいったい何を考え、何を感じているかが皆様にお伝えするためのものになればと思い開設いたしました。
 ちょっと他のブログと違うところは、個人単体の表示ではなく会社全員の中のスタッフの中の誰かがUPしているところです。基本的には誰かとわかるように名前の掲示は行いますが、あまりにも個人的な内容の場合イニシャル等で伏せる場合もあるかもしれません。そこはやむにやむをえない心の叫びと思い、お許し下さい。ですので文面も非常にその人物ごとの性格によって記されている可能性があります。敬語もなく、そのままの言葉で。
 私的にはそれを止めるつもりはありません。そのままの個人の考えが伝わることこそ、このブログを開設した意義があると思うからです。
 油断すると一日に6人分のブログがUPされるかもしれません。ご確認よろしくお願いします。
 私たちに興味をお持ちした人たち全てに、私たちが身近に感じられる架け橋となりますように。
 私が建築業を営んでいる理由をお話します。
 私は人に喜んでもらうことが大好きです。
 喜んでもらうにはたくさんの要因が必要です。
その人がうれしいこと。
その人が楽しいこと。
その人が気持ちいいこと。
 一言であらわせば「よろこび」でしょうか?
 私は人の笑顔が大好きです。
 そのために仕事をしているといっても過言ではありません。
 私が以前完成祝いで御呼ばれしたときのエピソードをお話します。
 私の挨拶の前にお施主様のお勤めになられている社長からの挨拶がありました。
「住まいを作ることになってから、(お施主様の)仕事ぶりが変わった。よりいっそう一生懸命になった」
 私はその後の挨拶がまともに出来ませんでした。用意していた言葉もいえませんでした。
 うれしかったんですね、とっても。住まいを作ることはほとんどの方にとっていろんな覚悟をしたうえでの購入となります。
 私がお打ち合わせに行くときはいつも笑顔で迎えてくれたお施主様です。その方が私どもの作るものに どれほどの期待と思いをこめていただいたのか、最も感じることの出来た瞬間でした。
 人一人づつ人が求める形は違います。例えば紙に書いた要求内容が同じであっても、決して同じ形になることはありません。
 これからお会いする方々一人づつに合った、着心地の良い服のように「住まいの仕立て屋さん」であること。それが私の仕事に対するスタイルです。