投稿者 笹崎辰裕
今年も沢山の出来事がありました。
初めて代表取締役になって今までと何か違うことが出来たのかといえば・・・・・反省の嵐ですね。
あれも出来なかった、これも出来なかったとノートが埋め尽くされてしまいます。
先日弊社でお建てになられたお客さんから、そんな一つ一つをノウハウとして蓄積できれば弊社は良くなっていくよというお言葉をいただきました。
今至らぬことがあるのはその自覚を忘れずに、精進することが大切なんだと思います。
人は何かを経験すると成長したように感じますが、実際は同じことが我が身に起こったときその経験を生かせなければ単に体験しただけになってしまうと言われたことがあります。
多くの人にいただいた言葉の数々が不意に思い出された時、自分がどんな状況下にあるのか。
「冷静かつ確実に事を成す」
これが私の来年の抱負です。
今年も沢山の方々にご協力やお言葉をいただきました。
感謝を忘れず、来年を迎えたいと思います。
ありがとうございましたm(_ _)m
月別アーカイブ: 2007年12月
Merry Christmas
投稿者 笹崎辰裕
今日もきれいにお月様が出ているとおもったら、昨日は満月。
ほんの短い時間ですが、なにも考えずに小千谷のホームセンターの駐車場から空を見上げていました。な~んにも考えないのはとても久しぶり。
一昨日、昨日と仕事はしましたが楽しくクリスマスを過ごさせていただきました。
一昨日はピアノの教室のクリスマス会があり、4人の会員の皆様と先生と先生のお子さんで軽く一献とミニ演奏会を楽しみました。会員の方々の演奏はどれも素晴らしく、その場にいることがとても幸せだった。
自分の演奏はま、ほにゃらかなんですが、あんなに楽しく弾かせてもらったのは初めてのような気がします。良い経験でした。
忙しさにかまけてなかなか練習はできませんが、会員さん達位上手になったら三井のイベントでミニコンサートなんかやってみたいです。そ~~~~~と~~~~~先の話ですが。ええ、今は迷惑以外のなにものでもないですとも・・・・・・お笑いぐらいにはなるかな?(^^;
そのときは三井5にもなんか楽器やらせよっと。
昨日は実家の両親も呼んで食事をしました。
とっておいたボジョレーを開けて、から揚げと刺身とケーキ。テーブルの上は多国籍な様相を見せていました。
で、子供達を玄関に引き寄せておいて枕元に両親が買ってきてくれたプレゼントを置きました。
戻ってきたときの「あ!!」の声がうれしかった。30年前に両親にやってもらったことと同じ事をやったんですがそのときの気持ちがようやく分かったような気がします。あの時はうれしくてうれしくて小学校の担任の先生に「サンタさん来たんだよ!!」と電話しました。純粋だったんですね。まだあの頃は(え”?)
この数日間にメリークリスマスと言えた方全てと、ブログを見てくれた方全て、私どもに関わりを頂いた方々全てに感謝を。
幸せな気持ちをプレゼントとしていただきました。
私からも、ほんの気持ちだけですがプレゼントに変えて。
ありがとう。
確認しとこ
こんばんは。清水です。
あの~・・・
まぁなんというか・・・
サーセン!!○┐ペコ
いや、最近ほら・・・自分を含め、ブログさぼってるじゃないですか。
トップページに
「社員総力で書いてます!」
なんて偉そうなこと言っておいてこの有様orz
本当に申し訳なく(-人-)
さて、ここで今一度確認しておきましょうか。
日曜日・・・ブログお休み(会社は営業してますのでよろしくお願いします)
月曜日・・・関江夏(さん)
火曜日・・・社長(さん・・・)
水曜日・・・永井厚士(さん)
木曜日・・・藤田樹彦(さん)
金曜日・・・金子健太(さん)
土曜日・・・恐縮ですが自分
↑ほら、基本的に毎日更新されるはずなんですよね。
それが今ではどうでしょう・・・
表示されてる三件とも
「笹崎辰裕」
そりゃいかんでしょうよ~。(社長すいません)
まぁこれからはしっかりと書いていけるよう努力してまいりますのでよろしくお付き合いいただければ、はい。
薄っぺらな文章ですが。
そんな感じでブログともども、三井工務店をよろしくお願いします。
立ち位置
投稿者 笹崎辰裕
最近専門学校時の友人と話をした。その中での私の評価。
「まじめなくせに小心者」
変わってないねと言う台詞と一緒にもらった。まじめ?なくせに?はよくわからないが、小心者と言うのはよくわかってんなあと思う。お調子者なのでそうは感じてない人もいるようだが、真性の小心者だ。
自分でも小心者だとはよ~くわかっているのであけすけに評価してくれたのが嬉しかった。
「辛いことがあるとね、とりあえず一晩我慢するんだ。だいたいそれよか大きい辛いことが起きるんだよね。だから沢山睡眠とって、沢山ご飯食べて元気つけとかないとね」
その後、もう10数年あっていない友人が自分のことを語ってくれた。話の閉めに、
「・・・・だから、人生の8割が辛いことだと思うと、毎日のちょっとした事がすごく嬉しく感じるんだよね」
なんだかやけに同感できる部分があり、ちょっと自分をふりかえる。
そっかあ・・・と何度も気持ちの中でくりかえした。
ある本に書いてあった一文を思い出す。「今の自分の評価は自分が築いてきた人間関係が原因な訳で周りが悪いわけではない。」
今後の自分の評価もそうなんだろうなと思う。周りの人たちにどういう態度をとるかいかんによる。当たり前なんだけど、身に沁みる。
「大きくなりな」
10年以上前にも同じ事をいわれたような気がした。
ワタシハアナタヲアイシテマス
投稿者 笹崎辰裕
一冊の本を見つけた。
山ほどもあるティラノサウルスが表紙に描かれていた。
物語の主人公はその恐竜だ。とても腹をすかした彼が、多くのことを通じて色んなことに気づいていく。
飾らない言葉と、素朴な絵で進んでいく話は、それゆえに物語を読み終えたときに主人公が感じたであろう気持ちを、心の中に描いてくれる。
もうすぐクリスマス。
もし大切な人に何を送ろうか迷っていたら、お勧めしたい一冊。
もちろん自分へのプレゼントとしてもいいと思う。
ココロのサプリメントとして。どうぞ。
アウト
投稿者 笹崎辰裕
昨日の今日でなのだが、実は車で事故を起こしてしまった。昨日の晩である。
8号線を走行中、夕方の帰宅の時間帯。走行速度は非常に遅かった。
前を停車中の車両にぶつけてしまった。
完全に私が悪いので降車して先方に陳謝した。落ち着いた方だったのでいきなり怒鳴られることもなく冷静に状況を確認してお互いに連絡先を取り合った。
もし車両と車両の間に人がいたら?もしくは走行中のスピードがさらに速かったら?
考えるだけでも恐ろしい。
昨日のブログにも上がっていた「非日常」とは私の義兄の言葉だがそれ以降の予定が全て状況的に(思考的にも一時期)ふっとんだのだから正常ではないありようとしかいえない。
ここで記載できると言うことは被害に合われた方が無事であることを今日確認できたから。改めてお詫びに上がったのだけれども、特に怪我もなくお元気でいられる事を知りほっとした。私が悪いにもかかわらず感情的にならずにご対応していただいたことが非常に嬉しかった。
本来会社のブログに上げるには適していない内容かもしれない。
だが自分への戒めとして記そう。
障害者自立支援法
投稿者 笹崎辰裕
休み時間にテレビをつけたら福祉関連の番組をやっていた。
何とはなしにみていたら障害者自立支援法の影響についての話だった。
条文の一部を上げる。
一 目的
この法律は、障害者基本法の基本的理念にのっとり、他の障害者及び障害児の福祉に関する法律と相まって、障害者及び障害児がその有する能力及び適性に応じ、自立した日常生活又は社会生活を営むことができるよう、必要な障害福祉サービスに係る給付その他の支援を行い、もって障害者及び障害児の福祉の増進を図るとともに、障害の有無にかかわらず国民が相互に人格と個性を尊重し安心して暮らすことのできる地域社会の実現に寄与することを目的とすること。(第一条関係)
上記目的を達するために多くの事が設定された。
これから記載する部分を読むと多分に誤解される可能性もあるのだが、心に引っかかった部分があるのでお時間のある人は一緒に考えて欲しい。
番組では上記法令により、ヘルパーの仕事をしている方の影響を話していた。
月収が下がったのた。
番組に出ていた男性が「家族を得てはやってはいけない金額だ」と言っていた。同様な理由から全国でおよそ27パーセントの方がヘルパーの職をあきらめた。
結果として、一人当たりのヘルパーの負担が増大。
事業者としては重度訪問介護者のこれ以上の受け入れが出来なくなっている。そんな声を上げている事業者はおよそ76パーセント。
原因の一つとして、設定の中に見込んでいるヘルパーの仕事のなかの「見守り」の評価を誤っているのではないかと言う意見がある。
施令側は「見ているだけだから楽だろう」
実際的には「緊急時に的確な対応が求められる作業」
認識上でこれだけの違いがある。
いくら仕事とはいえ、他人のお宅に状況確認のために泊り込みまでしなければならない仕事を、楽な作業と決めるのはどうなのか?
自立を促すために必要なものは単純に金銭的なものだけではなく、その方を取り巻くネットワークを円滑に成立させる仕組み作りだと思うのだが、ほんの30分程番組を見ただけなのに、支援法に対しどうも全体的な状況を把握し切れていない印象を受けてしまった。国はこの状況をどう受け止めているのだろうか。
補足すべく、ケアマネージャーを中心に相談支援事業を展開しているそうだが、国で仕切れない部分を地域に任せると言うことなのか?
事故一つで全てが非日常となりうる可能性もあり、私もそういった意味ではいつ要介護者になってもおかしくはない。
決して他人事ではない。
あれから20年
投稿者笹崎辰裕
初めてその人の曲を聞いたのが高校2年生の時。部活の合同練習に向かう途中、顧問の先生の車内でラジオから流れていた。
DJがバンド20年の活動を終え解散することを告げていた。
それからソロ活動を始め多くの記録とともに今日まで至る。高校二年の時の年齢が16歳としてちょうど20年。
10年前にコンサートで、文字を読むとき紙を離して目をしかめて読んでいたので、もうそんな年かと思いきや今年で還暦を迎えたと言う。
音楽性やアーティストとしての質なんて語るまでもなく完成している方なのでここでは何も言うことはないけれど、一つの道を40年間以上歩み続けることは瞠目に値すると思う。自分はまだ生きてすらいない歳月なので間隔としての年月を想像すらできない。
多くの葛藤と、自己の譲れない部分を貫いていくメンタルはどのようにして培われたいったんだろう。
アーティストとして生きていく以上、単純にやりたいことだけをやるのでは世間とのコミュニケーションは取れていけない。
きっとこの40年間は多くの人たちとの対話の上にも構築されているのだろうなと、思いに耽った。
小田和正さん。明日CD買おうかな。