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武士の妻

投稿者 笹崎辰裕
「あなたが色んなことを大切にしたいのは分かるの。でもね、今しかあの子達にしてあげられない事があることを分かってほしい」
ある日カミサンが私に言ったことである。
正面から私を見据えて、その言葉には淀みも迷いもなかった。たまに思い出すたびに武士の妻とはこういうものではないかと想像する。私は武士だといっているのではない。普通の技術屋さんです。
この毅然とした態度はいったいいつもどこから来るのかと不思議でたまらない。いつもしゃっきりしているわけではない。ちなみに今日も帰ってきたら二人の子供に挟まれてすかーと寝ていた。
テーブルの上にはおかずとメモ書き。
「あの子にオムツつけるのよろしく」
どうやら力尽きたらしい。事務所の二階で遅くまで長男がごろごろ何かを転がしていた音が聞こえたから、限界まで遊んでいた姿が目に浮かぶ。ついでに相当駄々をこねたに違いない。
おかずをチンして、ごはんをもって西原さんの漫画を読みながら夕飯をとる。母親の毎日を綴ったそれは、傍から見るととても悪戦苦闘しているように見えるのだけど、事実そうなのだろうけど、それでもとてもいとおしさにあふれている・・・・・・・ような気がする。
「大丈夫。大事なものはみんな持っている」
この一言がどこで使われているか、本屋さんで探してほしい。ちなみに「毎日お母さん」の「入学編」。
買って読んでくださいな。「カニ母編」が一巻です。今度「背アブラ編」買ってこよう。
夕食後お米を研ぎつつ、ブログに何を書こうかと考えつつ、やはり一生カミサンには勝てないんだろうなと思った。

来年

投稿者 笹崎辰裕
この前、神輿会の総会があった。
私は会計なので、年間会計の報告を行った。なんとなく一段楽した気持ちになった。
で、次年度から今まで行っていたことを一つ変えるという案が出された。
何かといえば大島諏訪大祭を大島神輿会だけで渡業を行うということだ。例年連合から参加いただいて担いでいたのだけれども、それをやめる方向で行うことになった。他連合からの関係を絶つという意味ではなく、地元の祭りは地元で盛り上げていこうというのが狙いだ。
神輿というのは神輿自身がお祭りというわけではなく、お祭りを盛り上げる一環としてあるのだから自分達で地域に意識改革を求めるというのは凄いなあと思った。
「失敗するでしょうね」
役員の一人が言った。
「でもね、何事にも失敗はつきものだから、やってみてそれで色々変えていけばいいんじゃないでしょうかね」
続けて言った。総会の前に役員会があったのだが私はこちらには参加していない。だけど例年通りやっていれば当たり障りなくこなしていけるのに、あえて試行錯誤を行おうという所にちょと感動した。
ちゃんと目的があって、それを見失わずに行動できる会に入れて良かったなと思った。
で、今年の大島諏訪大祭の時に温泉に行っていた友人から鮭を一匹頂いた。
でかい。
しかも友人のお母さんが取ったという。友人にはいつ海女さんになったんだと言ったが、正直最初に頭に浮かんだのは川で魚獲りをしている熊さんの姿だった。首から上が友人のお母さんの顔になっている。しかも笑顔だ・・・・電話で聞いたときには勝手に笑わせてもらった。
その前の週にイボヤ会館で鮭の生態について色々見てきたし、川を上っている鮭を見たのだけど、多分偶然だろう。
翌日切り身を焼いて頂いて、更に翌日ちゃんちゃん焼きにしていただいた。とっても美味である。カミサンは家計大助かり♪と喜んでいた。
ありがたや~ご馳走様でした。

2年

投稿者 笹崎辰裕
日も暮れた公園に一人の老人がいた。片手に小さなスコップを持ち、ビニール袋を持っていた。
「おい。いくぞ」
老人が言うと子犬が彼の近くに駆け寄って来た。生後2ヶ月くらいだろうか、耳の先がまだちょっと垂れていた。まだ遊び足りない様子で老人から少し離れたところでくるくるとその場で回っていた。
2年前その公園の前の駐車場は車であふれかえっていた。全ての車には人が乗っており、人たちの表情は一様に険しかった。
百数十台とめられるその駐車場には今は十数台しかとまっていなかった。乗っている人もいない。
中越地震から2年。復興の名の下に多くの建物が建ち、施設が整備された。
あの地震を私は知らない。
初めて知ったのは出張先の佐渡からの船の中で、隣に座った友人からの一言だった。
「長岡。地震だって」
起き掛けのぼんやりした頭の中で、だから?と思った。
帰りの車の中でずっとラジオを聴いていた。全壊・・・・棟。・・・・地区は連絡が取れない状況。
進まない道を刻々と被害状況報告だけが拡大していった。同じように私の気持ちも不安が大きくなっていった。運転前に、妻から無事という報告を聞いてはいたが、胸騒ぎが収まらなかった。
自宅が近づくにつれて明らかに正常ではない現状が姿を現した。妻の実家に寄り、実家の方々の無事を確認して自宅に向った。町内の明かりは消えていた。暗い自宅の前の暗い駐車場に明かりをともした車があり、その中に家族がいた。妻と子と母が3人。父はお客様の状況を確認に出かけていた。
父が帰ってきてから2階の自宅から布団を下ろし、展示場で眠った。
翌日。私達はお客様の状況を確認に回った。当時新築中のお客様の現場。それから長岡川西北方面、中ノ島、見附、そこで先輩とあった。先輩の家は被害が少なかったそうだ。全てがそうであるようにと、祈りながら南下した。
夜間は見えなかった道路状態を目の当たりにしていくにつれて、私から次第に言葉が失われていく。
ほとんど眠っていないのであろう、社員の金子君が目の下に隈を浮かべていた。
お客様の安否を確かめるために回っていたのだが、逆にお客様から励まされたりもした。
最後の担当地区、高町団地に行った時、道路がなかった。
2日でほぼ全てのお客様を回った。お客様も私達も全てが疲労しきっていた。
同じように今日お客様のお住まいをご訪問させていただいた。
お客様の笑顔からは2年前の不安はうかがえない。
完全復興を祈る花火が長岡市信濃川沿いに上がったのを見た。ラジオからは2年前に何度も何度も流れて励まされた歌が聞こえた。それから完全復興はまだという報告を聞いた。
まだ残されている問題があることも伝えていた。
2年前を思い出しながら、2年前に知った自分の立場としての責務を忘れないようにと心に誓った。

+1℃

投稿者 笹崎辰裕
いつもより少しだけ寒い日のことでした。
私が家に帰ってくると家の者たちは皆寝ていて、家の中は小さい灯だけがついていました。
居間はちょっとおもちゃが散らばっていて、食卓には網のかかったおかずがおいてありました。
食事を終えてお風呂に入ると、まだ湯船の保温がついていました。
いつもより1℃だけ暖かくなっていました。
私はちょっとだけ気持ちが暖かくなりました。

はしおき2

投稿者 笹崎辰裕
今日社内でオール電化祭りの打ち上げをしました。や~いい~ですねぇ~
がんばった後の打ち上げ。私大好きです。
どんどんビールが運ばれてきました。どこに消えちゃうんでしょうかねぇ~あっというまですねぇ~
ビールは喉ごしですか?いや~その通りですね~このごきゅごきゅ感がいい~ですねぇ~
このお牛さん見てください!静岡のお牛さんですよ。いや~素晴らしいじゃないですか。
私熱海が大好きなんですよねぇ~。
何かもう酔っ払っているでしょう、あなた!大丈夫ですよ~リスクはないですから!
酒が甘すぎる?そんなことはないですよ~リスクはないですから!
もうけっこうのんじゃった?気のせいでしょう~リスクはないですから!
いや~もうサッカーの話をしてるんだか、ドラ○ンボールの話をしてるんだか分からないですね~
あーら予算ちょっと超えてますね~
ちゃ~ら~♪へっちゃら~♪
歌が聞こえてきましたね~ちゃらですか、そーですか~♪
でも一生懸命やったから美味しいんですよ、今回のお酒は☆
そこんとこ、忘れないようにね。皆がんばったね。ご苦労様でした(^^)
注)FPグループの皆様。今回は研修でよくおいでなさる「あの方」のリズムでお読みしますと、さらに楽しく御覧いただけます。それ以外の方は渡辺あ○しさんあたりがお手ごろかと思われます。

いいなぁ~

投稿者 笹崎辰裕
あ、もう昨日だ。ハイブ長岡のオール電化祭りに参加してきました。
来場者は・・・・・・・・・・む~~~~ですね。先週ハイブ長岡に行っていたせいもあるかもしれない。
一週間掛けて、右手に血豆を。左手の人差し指をしこたま打って完成した「地震と木造建築物」の模型。どれだけの人がいじっていったのかなぁ。
なぁ~んか・・・・・・・ふう
午後からFJC.Nの役員会があった。
色んな議題があったけど、中でも次年度の総会をどうするかの議題が熱かった。
次年度は三島地区。今までと違うことを行うので、それをいかに確実に行うかがテーマだった。
で、他地区からの会員である私はうらやましくて仕方がなかった。
な~んでか?
FJC.Nの総会は他の団体はいざしらず、会そのものの総括であり地区をアピールする絶好のステージである。
他地区のことについて他の地区代表である役員がここまで真剣に話し合った姿を私は知らない。
言いたいことを言っていただけじゃねーのとの声も上がるかもしれない。
でもね。物事を行う上で何にしろ方向性は必要であり、その方向性に沢山の人が乗ってくれるのは実はまれなことなんだよ。利権がともなえば別だけど。
その大切なことをなしとげようとする姿に私はとても感動した。あんちくしょうめーうらやましいぞ!
もちろんある意味山のような課題が出てきたわけだけど・・・・・・真っ白な紙に上手な絵を書きなさいと言われたわけではない。
 
 与えられた課題に対して絵を描けというのだから、思いをこめればきっと凄い絵が出来るはずだ。自分の気持ちを込めればね。
一年後。その絵を見たいという人はぜひ来て欲しい。
あなたはきっと、想像以上の絵に出会うだろう。

初めてのコト

投稿者 笹崎辰裕
昨日初めてHPなるものを作った。といっても表紙だけだけど・・・・
UPの仕方も分からない。きわめて不安だ。
今日私が参加しているFJC.Nの役員会があり、HP委員長として昨日作ったそれを持っていくのだけれども、ちょいと想像しただけでけちょんけちょんに言われている姿が目に浮かぶ。
こういうことに関してデビューしたてのお笑い芸人のような性格の私は、どれだけ皆があきれるかを想像しただけでとっても楽しみなのだが、今日は自分のために両手を合わせよう。南無~~~
で、話は変わるけど昨日お客様の上棟があった。想像、創造?したものが形になるのはやはりとてもうれしい。と同時にお客様が喜んでいただいていた姿はやはりほっとする。
様々なお打ち合わせを経ての造作になるわけだけど、どうしても専門家としての説明になるからどこまでお客様にご理解していただいていたかどこか不安はあるわけで、できたその物をごらんになられてのお客様の御反応はとても気になるところだ。どこまで自分が相手を理解できていたのかがはっきりと出る瞬間だから。
無事に無事故で仕事を終えられた職人さん。総括として動かれていた遠藤棟梁。ご苦労様でした。
とてもすばやく丁寧に仕事をしていただいてとても感謝しております。
昨日書いたことにかぶるかもしれないけど、今日はFJC.Nの今後の動きを決定する会議だ。
何が必要で、何が不足しているのか。
気持ち的には一歩下がった気持ちで参加しよう。
冷静に・・・・・・・が今日の私の課題だ。

監査

投稿者 笹崎辰裕
昨日12日神輿会の会計監査が終わった。前日の休みに会計報告書をまとめておいた。
二人の監査院の方に通帳、領収書、帳簿の確認をしてもらった。無事内容に問題がなくほっとした。
今年度はホンとに沢山の人たちに助けてもらった。
会長には準備等のこまごましたほとんどをしてもらったし、同町内の高橋さんには大島諏訪大祭の報告書の作成の手伝いをしてもらった。もう一人の会計の岩淵さんにはいざというときのバックアップを。前期会計の神林さんには色々分からないところを教えてもらった。副会長の佐藤さんにはその時々の行動の示唆をしてもらったし、しまいにゃカミサンに記帳の手伝いをしてもらった・・・・・・私はナニをしたのかな?
一年間の総まとめとして神輿会の総会が来週行われる。
次年度に向けて今年の見直しと次への見通しをつける。
事を成すために必要なのは目的と行動力だけど、それをなす為にはも一つ必要なものがあると思う。
今回監査が終わってから、監査員の方と会長と岩淵さんから「お疲れ様。ありがとう」と言われた。
やっぱり、認めてもらう人がいるというのはうれしいものだ。
私が所属している例の会でも、私の先輩の会でもそれぞれがある山場を迎えたようだ。
先輩にゃ何も手を貸すことが出来ないので、両手を合わせて合掌してみた。どーかうまくいってますよーに。
もう一人は私が手を差し出したら、自分の両手をぎゅっとにぎってこっちを見ていた。眉間にしわを寄せてきつそーなくせにがんばるそうだ。大丈夫か?とりあえず出した手は引っ込めないでおこう。
・・・・・手の変わりに山のような書類が来たら・・・・どーしょ(^^;

食卓

投稿者 笹崎辰裕
今回の晩ご飯は親子丼だった。
3日前に何々食べたいと言ったのをよく覚えていたなあと感心した。帰宅が9時半過ぎだったので、帰ったら家の中は暗かったけど、ちょっと明るい気分で食事をした。ありがたや。ありがたや。
そういえば、うちは食事の時にはテレビをつけない。少なくとも家族で食べるときは絶対つけない。つけてくれない。天気予報以外は。
カミサンの実家は昔からそうだったらしい。私の実家は・・・・つけてたなあ、今もつけてるなあ。
で、よくしたモンで長男もそれに従っている。ひっくり返って大泣きしてだだこねるときもあるけれど、食べ終わってから見てもいいよというと、たいてい言うことを聞く。けろっとしているところを見ると嘘泣きらしい。うまいなあ、嘘泣き。
で、そうするとなんだかんだで話が出来る。でも、事務仕事で一日終わったときの「何かお話して♪」の一言に考え込むことがある。本日は大変立派な書類が完成しました・・・・・・聞いてねえし。たいてい見事に何もない。気分はちょっと人面魚。ま、いいや。
親子丼を考えながら思い出したことが一つある。もう十年近くも前のことだけど母が泣きながら私に言ったことがある。
「私の自慢は子供をほったらかして、腹をすかさせるようなマネをしたことがない事だ」
日本に限れば飽食の世の中、腹が減っても食べるものには確かに困らないけど、そいやそうだったなあとその時は思ったものだ。一応断っておくけど、泣いたのは私がやんちゃをしたからでは決してない。
家を設計するときに食事風景を必ず想像する。
平面図の中のテーブルはただの四角だけど、そこにどんな料理が載せられてどんな会話がなされるのだろうか。
楽しそうな食事風景は、それを思い描くだけで幸せな気分になれるものだと思った。