「未分類」カテゴリーアーカイブ

きずな

投稿者 笹崎辰裕
最初に、25日午前9時42分に起った能登半島地震での被災者の皆様、及び関係者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。いまだ余震の続く中さぞご不安であると思いますが、一日でも早くご復興できるようお祈りします。
先週東京へ経営者研修に行ってきた。今回で3回目。テーマはCS。
どのようにしてお客様をご満足していただけるかと言うことを2日間に渡って学んできた。どの商業でもお客様は存在し、特にサービス業ではこのCSは常識として存在する。それを意識しない商売と言うのはいわゆる芸術家というもので自分の好きなもののみで生業を立たせている。それゆえに自分の感性のみで生業が成り立つか成り立たないかはそれが世間にリンクしているかどうかに左右され、誰でもが芸術家にはなれたとしても、芸術家でい続けるのはむしろ難しい。
CSは常に変化する世情を学び、それに応えていかなければならない。止まったらそれで終わり。
基本は何かと考えた。
お客様が何を考えているかを考え感じること。その上でプロとしてお客様に関ること。
一行でまとまってしまうが、それをなす為にはものすごく沢山のことが必要でかつ続けていかなくてはなりえない。
今日OBのお客様を何件かご訪問した。その際4月から人事が変わる旨をお伝えした。おめでとうのお言葉を沢山頂いた中で、お一人だけ「おめでとうと言っていいのかしら」とおっしゃっられた。その言葉にどんな意味があるのかを考えている。
「大変ですよね」
「責任重大ですね」
「あなたで大丈夫?」
正直私がこれまで関ってきた人、これから関る人全ての人に完璧なご満足を与えられるかと聞かれれば、不安ですとこたえるだろう。
でも、「私はあなたのことを考えています」と伝えていけるような仕事をしたいと思う。
なんだそんなの当たり前とお思いかもしれない。
でもそれが感じられることが人としてのきずなと信じたい。

名も無き聖者にささげる唄

投稿者笹崎辰裕
昨日私が加入している団体福祉住環境コーディネーターネットワーク・FJC.nの定例会があった。
年度末、月末の忙しい中にもかかわらず14名からの出席者があった。地区分けをしているのだが私がいる長岡見附地区からは10名の参加者だ。
「言いたいことが好きなように言える場所」
以前代表を任せてもらっていたときにそんな会にしたいと思っていたが、この日は14人が各テーマについて好きなように自分の考えていることを発言していただいたと感じられて、それがすごくうれしかった。
あるベクトルがあって、それに向かっている意思を感じる瞬間はとてもきれいな演奏を聴いているのに似て、心地が良い。
どんな人の集まりでもそうだとは思うけど、やはり多く集まる時とそうでない時があり、担当が自分だったりすると集まらない時は何か間違っていたのだろうかと思ってしまうが、そんな気分は吹き飛んだ。なんだか久しぶりの同窓会のような気分だった。一人で盛り上がりすぎだろうか?
だがもうじき仕事の都合でこの会を離れなくてはならない。その前にしておくべきことがある。
「来たいと思える仕組みを作ること」
利益を追う会ではないのでビジネスライクに考える必要は無い。でも、もらうのは各個人の時間だから、それを満たす期待がもてる場を作るのがテーマだ。何をすればいいか判るような判らないようなだが、ちょっとづつ気持ちを伝えていこうと思う。この会で学んだ一番大きなことは人が応えてくれるということはなんてうれしいことなんだろうということだから。
この前この会でちょっとした調査をしたのだが、その調査の担当者が定例会で「楽しかったですよ」と言ってくれた。なんだか気持ち的に救われた。
FJC.nは9月に総会を行いそのときにコンサートを行う。長岡見附地区もちょっと時間をもらい、アピールする機会がある。
そのときのテーマ曲が決まった。
「Jupiter」
コンサートに参加できれば必ず参加してたであろう彼に、届けようと思った。

陰と陽

投稿者 笹崎辰裕
昨日一昨日と社員旅行に行って来た。行き先は東京。
初日は浅草演芸ホールにて寄席を見た。「話す」もしくは「見せる」ことに特化した芸を四時間堪能してきた。
正直に言おう。最初座ったとき、これから四時間座りっぱなしかと思うと気が遠くなった。席は狭く、ひじがとなりの人に触れる。前の席の間も狭く、気分はまさにエコノミー。タイタニックを見たときですらお尻が痛くなったのに果たして自分は耐えられるのか?否。ムリに違いない。と思っていた。
で、始まると・・・・・・おもしれ~。
色々構成も考えているのだろう。現代落語。古典。手品。軽業。話の流れもテンポのいい人、のったりの人。うまく組み合わされていて単調ではない。
あっという間の4時間だった。それにしても落語家は凄い。この前円楽師匠が引退を表明した。その理由が「かんでしまって話にならない」ということだった。面白ければそれぐらいいいんじゃない?と思ったが、実はそれがいかに重要なことかよく分かった。
小話の持ち時間が約15分。その間まったくかまない。よどみなく、一本調子でもなく、一人何役にもなり、状況説明もいれて、擬音ももちろん、扇子もふり、手ぬぐいを使い、んでもってかまない。
この前始工式があり、私はその際お客様に御挨拶を述べる機会をいただいたが、危うく舌から血が出そうな位にかみまくった。
「話す」ことでお金をもらうということはこういうことかと感心した。一芸を極める。その頂に感動した。
二日目。靖国神社にご参拝。それから同敷地内の遊就館に行った。
大戦での様々な兵器、兵装、記録があった。どれも生々しく、今の世には実用品としては決して必要ではないそれらが物言わず陳列されていた。
こう言うと誤解されそうでイヤなのだが、以前長岡市中央図書館の展示ホールにアウシュビッツ収容所の展示を見に行ったことがあるが、その時と似た表現しがたい苦い感情が沸いてきた。
最後の部屋に亡くなられた方々の顔写真と奥の机にノートが数冊置かれていた。ノートには悲しみと怒りが様々な字で綴られていた。
私が幼いころ母が、もし今戦争が始まったらお前をこの世から抹消する。死んだことにして兵隊にはさせないと言っていたのを思い出した。
戦争が個人として直結しているものは、死以外の何者でもないのだと思った。
その後昼食をとり、六本木ヒルズに行った。
まっすぐ展望台へ。たけ~。なんじゃこりゃたけ~。
ヒルズ以上終わり。
で、新潟への帰路。
予定よりやや遅れ気味だったので自宅にその旨をメールをする。
返信が着た。
「大丈夫。こっちはご飯食べ終わったから、心配しないで帰ってきてね♪」
・・・・・・・・・平和で良かった。

投稿者 笹崎辰裕
雪が降った。
外気温2度。
今回は春について書こうかな何て思っていたらこれだ。まったく油断がならない。
「どんなに泥に汚れても雪は雪」
私の好きな本に書いてあった台詞である。私はこの言葉が結構好きだ。
今日「考えを伝える」と言うことで友人と話をした。
この天候のせいか、その話のせいかこの台詞がずっと頭の中で回っていた。
誰にこの言葉を言われたら私はどう感じるか、逆にどんなシチュエーションで言われたら私はどのように感じるかを考えてみた。その場面によりとても色んな風に受け止めてしまう事に気がつきちょっとだけ驚いた。
言葉は意思を伝える上でとても有効な手段だけれども、それは言葉自身がそのときに持つ雰囲気やタイミングがあって始めて成り立つもので、例えば字体の統一された報告書やメールなどの文字だけの場合、一つの意味に集約された言葉を放つことは実はとても難しいのではないかと思う。だから、ましてや気持ちを伝えようとする場合は色んな表現が必要になってくるのかもしれない。
子供を寝かしつけるときにカミサンが子育ての本の一文を読んだ。
「3歳から4歳にかけての子供は大変好奇心が強く、色んないたずらを通して色んなことを学んでいく。その行為を阻害せずにいかに自己の行動により物を知ることをさせるかが、成長した時の発想力や想像力に影響する」
・・・・・・・・なるほどねえ。で、その行為を阻害せずにどれだけ暖かく見守れるかが大事ってこと?・・・・
想像してみた。大切な書類を書いている私。その書類を奪い、心ゆくまで破きまわる長男長女・・・・・・・・心・ゆ・・く・・・ま・・・・で・・・・・!ゴラァ!!!結果二秒も見守られない。
立派な親への道のりは、果てしなく険しく遠い。

蟲師

投稿者 笹崎辰裕
『蟲師』と言う本をしっているだろうか?
最近アニメにもなったしオンエアはまだだが映画化もされているので認知度は高いかもしれない。
4年位前に初めてであった本だがこれが結構気に入っている。
電気が入ってくる前あたりの日本が舞台で、素朴な風景の数々が疲れたときは話は気にせずボーと絵を見ているだけでもなんだか癒されてくる。私の好みにあっているんだろうな。私は田舎育ちだし。
本屋さんで新刊を見つけたときは本当にうれしくなる。月刊誌に連載されているがこれだけは立ち読みしないようにしている。ま、立ち読みって良くないから当たり前か(^^;
作者の話の作り方が『表現したい場面があって、それに繋がるように作っている』というものらしい。
仕事でも、なんでもイメージするのは大切で、私は何かするときは極力それを心がける。ランニングでトレーニングするときはリレーかなんかでぶっちぎる場面とか、図面描くときは家の人が宴会している姿とか。何にも浮かばないときは相当切羽詰っているんだなあと、後ろ斜め上方35度くらいでため息つきつつ私を見ている私がいる。
蟲師の話は山村でのお話が多いので、山でぼ~とするのが好きな方には読んでもらいたい一作品でもある。いいですよ。

ジャムおじさん

投稿者 笹崎辰裕
彼の人は何であんなに前向きなのだろう?
いつもいつも不思議でならない。
何が彼を駆り立てるのか?何か秘訣があるのであればぜひ教えてもらいたい。
やなせたかし先生が原作を書き始めたのがすでに私が生まれる前。最初のアンパンマンは8頭身で現在の姿とは似ても似つかない。それでも色んな試行錯誤が先生の中であって今の形になった。
ジャムおじさんが現れたのがいつの頃からは分からないけど、彼がいないとアンパンマンは成り立たない。
おいしくな~れ♪おいしくな~れ♪といいながらパンをこねる姿は、モノつくりを生業としているものにはまことに鏡としたい姿である。
彼には弱点はないのか?
三度目の正直で侵略に来たバ○タン星人の用に考えてしまう。
私の家は子供の頃貧乏だったらしく?その頃流行の変形合体調合金ロボットなんかは買ってもらえなかったので、ブロックをガチャガチャ組み合わせて「チェ~ンジゲッ○~ワン!」なんかやっていた私は、結構いろんなコトを想像するのが好きである。たまに妄想大マ王になってしまうのがとってもいけないのだが。
話がそれた上に、すでに何を言いたいのかがさっぱり分からない。オチを忘れちゃった。
そいや、ある日友人が一言「ジャムおじさんカビルンルンに会うとブルーになるんだよ~」と教えてくれた。
アンパンマン千話(もちろん超えている)の中にはそんなエピソードが・・・・・・奥が深いなぁアンパンマン

ドーナッツマウンテン

投稿者笹崎辰裕
タイトルは某アミューズメントパークの新しい施設のコトではない。
普段よく食べる人があんまり食べないと心配になるものだが、帰りの車の中でドーナツの山を思い出し、心配して損したと思った。いったいどこに行くんだか。旅は道ずれ世は情け。輪投げの輪のごとくあの日誓った固い意志ってやつに通ってお腹のあたりに止まるに違いない。ちょうど三日目だし♪ククククク♪
北北東方向に向けて手を合わせよう。合掌♪
さて読んでほとんどの人が↑ワカラナイと思うので分かる話。
?昨日3ヶ月ぶりに以前通っていたピアノ教室の仲間に会った。で、その演奏を聴く機会があった。
私より何年も先輩なのでやっぱりうまい。うまいだけでなくてすっごいピアノがすきなんだ~というのが伝わってきてそれが心地よかった。佐藤さんすげー♪感動しましたよ♪
?本日家に帰ったら夜9時近かった。自宅でも色々都合があったみたいで皆風呂に入っていない。
「お風呂に入っていない人~」といったら長男が手を上げない。カミサンが「ほぉ~どこで入ってきたのかな~くんくん」と匂いをかぎ、「大人になって結婚してから、奥さんに『もう入って来た~』ってゆーと、とっても問題になるから気をつけてね~♪」
と言った。
三歳児に何を言っているのかと思いきや、視線は私に向いていた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ハイ。気をつけます。・・・・・・って何を?

発表会2

投稿者 笹崎辰裕
この前の日曜日に子供の音楽発表会があった。リリックホールの大ホールでの発表だ。
まだよく状況が分からないからか実はくそ度胸があるからかはわからないが、うまい下手はともかくとして立派に歌って、演奏していた。
ビデオカメラを持っていったので顔をアップで見ることが出来る。
アップで見たうちの長男はほじほじと鼻くそをほじっていた。
大物だよおまえは。
で、昨日お誕生日会があった。私は仕事なので行って来た妻から話を聞いた。
ちゃんとコメントをしていたらしい。去年は私が替わりにコメントを言っていたのにね。
『大きくなったらアンパンマンになりたいです』
後にも先にも50人以上の前でそんなことを言ったのは去年のそのときが初めてだ。100の瞳からの視線がレーザービームのように痛かった。
この日も長男は歌ったらしい。
妻のそんな話にあてられたのか、仕事を終えて食事を済ませた深夜の0時にピアノに触れた。
へたくそなので何度も何度も同じ間違いをする。
間違いは減っても無くならないけど、それでもなんだか気分がよくなった。
アップで映った長男の楽しそうな顔。とりあえず私も彼を見習おう。

三言目

投稿者 笹崎辰裕
東京のセミナーで講師の方が言われていたコト。
「三言目が無い家庭は寂しいですよ」
三言目というのは会話の中での三つ目。家に帰ってきた時を例に挙げると・・・
「おかえりなさーい」
「ただいま~」
「今日は遅かったね。仕事大変だった?」
で、今日は~のくだりが三言目になる。
二言目は普通にある。と言うか二言目すらない状況と言うのはどういうものか?完璧に無視されている状況だろう。考えるだに恐ろしい。
三言目が「もう帰ってきたんだ」でもなんでも相手に対する関心がある証拠で、確かにこれがないと会話は前に進まない。
最近私が自宅に帰のが遅いので、カミサンへの最初の一言が私で、もう寝ている彼女に
「ただいま」
「・・・おかえ・・・り」
「お疲れ様」
「ムニャムニャムニャ・・・・・」←言葉になっていない。
あなたは三言目を失ってはいませんか?

東京ライフ

投稿者 笹崎辰裕
火曜日、水曜日と一泊二日で東京へ経営者セミナーに行ってきた。
このセミナーに参加するのは2回目で一回目に知った顔ぶれがまた一同に集まった。
二代目の方々が多く、同じような立場で色んな話が出来てセミナーの時間以外のときもなんだか考え方を学んだり出来て自分にとってはとても実りがあったと思う。後は実行できるかどうかなんだけど・・・・なんでもそうか、そーいや。
で、新潟では考えられない混み具合の電車に揺られながらKANの歌を思い出した。
学生時代とても好きだった歌で、ある漫画に引用されていたのを見てCDショップで一生懸命探した記憶がある。田舎から出てきた青年の一週間を歌ったものでその中の一節がとても好き。歌詞をそのまま載せるとまずいので要約すると
「好きでも信じあっていてもそれぞれに言い分はあって、些細なことを放っておけなくて大事なことを見失う」
あれ?かえって長くなった (・・; 
え?暗い?でもね、この後この青年はそれでも君が好きなんだよと彼女に言う。だからこの一節が好き。
結婚した今でもそれはそのまま自分に当てはまり、よくけんかしたり、意地張ってみたり、すねてみたりするけれど・・・・・・
自分をちゃんと見ててくれると感じられるのがうれしい。