投稿者 笹崎辰裕
上越に色彩について勉強に行ってきた。
色彩プロデューサーの中神公子先生のセミナーだ。
色の話を中心にお客様にご満足していただく住宅をどう作るのか、それをどうアプローチして進めていくのかを学んできた。活用できるかどうかは今後の勉強しだいだろう。
セミナーの中でいくつか印象的な言葉をここに記しておこうと思う。
言葉を磨く・・・・・人を育てるのは言葉と態度しかない。この前も書いたけど、上面だけの言葉では意味が無い。単純におしゃべり上手になれということではなく、発言に伴う行動をとれという意味なのではないかと思った。逆もまた真なりかな?
信用と信頼・・・・・信用は社会道徳的な見解で信じるに値すること。信頼は人間的に信じるに値すること。どっちも得られないとなると、そりゃ寺で修行するしかないんじゃないだろうか?まあ自分を省みるのは一人でも出来ることだとは思うのが。信用は社会人として当たり前に備えなければならないし、信頼は積み上げて得られるようなものだと思う。だから尊いのか。
必ず見えない部分の努力をする・・・・・自分が自分を磨く努力をしない人間が、他を磨けるわけが無い。全く持ってその通り。とってもイタイ・・・・・いやお腹ではなくて心が。さて、私は何を磨こうか?
ちなみに先生がおっしゃられたときに浮かんだのが米をといでいる自分だった。・・・・・意味が違う。
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ありがとう
投稿者 笹崎辰裕
本日第四回感謝祭を行った。
朝十時から始まり、昼二時までの4時間に100組のお客様がご来場され、400名を超える来場者だった。当初心配していたモンスーンによる影響もなんのその。
奇跡のような一日でした。
まずはおいでいただいた全ての方に感謝をお伝えしたい。今回この感謝祭を盛り上げていただいたのは間違いなく皆様です。おいでいただいた方々の笑顔に私達は大変エネルギーをいただきました。
地域の中の一法人である以上担うべき仕事を全うすることは当たり前ですが、それが地元の中で歓迎される存在であるかどうかを確認する機会と言うのは実は非常に少ない。
この感謝祭で得た感動を活力に変えてこれからの業務で還元することが私共の使命と思いがんばりたいと思います。
本当にありがとうございました。
そしてご協力いただいた全てのスタッフへも感謝を。
今回で4回目のご協力ですが常に前向きな姿勢で取り組んでいただいたことが、どれほど三井工務店に安心感と更なる期待を抱かせてもらったことでしょう。この四年間一度たりとも前年と同じで良いという意見はありませんでしたね。それがどんなに困難な事かも理解しつつ着いてきていただき、時には引っ張っていただきました。一つことを成すと言うことがどういうことなのか、いつも学ばさせてもらっていると思います。今回の感謝祭の成功は全て皆様のおかげです。ありがとうございました。
そして懲りずにどうか来年もお手伝い下さい。もっと、もっと楽しい感謝祭を作りましょう。
おいでになれなかった方々へも感謝を。
私共は感謝祭を行うときは最初に述べたように皆様がどうすれば喜んでもらえるかを考え企画します。
皆様のご期待がそのまま私共への活力となります。
年に一度のイベントですが来年を楽しみにお待ち下さい。どこかでそんな声を聴く事が出来たのが今回の原動力だったし、今後何らかの機会でそんなお言葉を頂戴したら私共はもっとがんばります。
来年更に多くの方々にお会いできることを願っております。
最後に・・・・私事ですが、ワタクシの妻が初めてスタッフとして参加しました。
先ほど子供のオムツ替えで半分寝ていたところを起こしてしまったのですが、夢の中で当日のチケットを渡していたそうです。
ご苦労様。ありがとう・・・・・って、すでに爆睡中(~ ~;
立ち上がって歩いた
投稿者 笹崎辰裕
昨日お客様から新築のご契約を頂戴した。関君のお客様だ。
ご契約を交わしたときのお客様ご夫婦の真剣な表情での「お願いします」の一言が印象的だった。
「お願いします」
この言葉には言葉の前に沢山の思いが含まれている。その一つとしてもらしたくはないし、結果として「ありがとう」という言葉がいただけるのなら最高だ。まずは昨日のお客様の真剣な態度を忘れないことだ。がんばろう。
その帰りの車中で二人で交わした言葉がある。
「何かを成そうとする時、人なしでは成りえない」
そんな内容の話だった。別に説教をしたわけではない。え?説教くさかった?
・・・・・・・・・・・とりあえず歯ぁくいしばれ!
でも最近そう思う場面が良きにつけ悪きにつけ多くある。
人が集まれば団体となり、団体が出来れば長が必要となる。必要とされた長はその集まりに対して指示を出す。その時の言葉として「お願いします」の言葉が出る。
これは決して私の替わりにやってくれと言う意味ではない。それだけの意味しか発せない長など、むしろいるだけ迷惑だし無意味だ。
団体となった以上構成する一人としてその意を汲むことは人としてあるべきことだと思う。わからなければ聞けばいい。
事を成そうとした場合、もちろん結果は大切だがその過程をどうするかも大切なのではないかと思う。過程を経てからこそ生まれるものも多々あると思うからだ。
さて、偉そうなことを沢山書いた。なぜか。実は昨日の夜から怒っているから。
明日。私が「お願いします」の言葉を頂戴したとして、その方の態度いかんによっては私は自分を抑える自信がない。
なんの意味も持たない言葉などいらない。
七歩・・・ぐらい
投稿者 笹崎辰裕
今日・・・・もう昨日になったけど5月1日は会長夫婦の結婚記念日だ。
ところが私はおめでとうの一言も言っていない。陶板浴ひかりの営業日なので二人して仕事をしていたが夕食は何か特別なものでも食べたのだろうか?何もしなくても記念日が当たり前のこととして迎えられるコトはある意味とてもすばらしいことだと思うし、四十年以上をそう過ごせていることは私にとっての誇りである。
なんでもそうだけど、当たり前のことを当たり前に続けていくことはカンタンそうでとても難しいと思う。自分の中に確固たるルールを作りそれを守っていくストイックな姿勢が必要とされるからだ。
私達の生活は決まりきったルーチンワークをこなしているわけではなく、必ず第三者による介入が発生する。自分のルールがあってもそれを曲げねばならぬ場面も多々である。
戦後直後に生まれた父は自分はこうしたいというのをはっきり言う人間ではないと私は感じている。少なくとも家庭では。
祖父も祖母も私は二十年以上見ているので、決して簡単な人達ではなかったと感じていた。その中でもある意味耐えてきた母は瞠目に値する。泣いているところは何度も見たが。
家庭では短所だらけの父が母に示してきた、多分たった一つの態度とそれを理解してきた母だからこそ誇りに思えるのだろう。
そんなことを考えていたら友人が家族に対して同じように自分の行うべきことを態度で示していると聞いて感心した。自分の中の葛藤をどれだけ自分の中で納得させてきたのだろうか。
私も多くの場面で示すべき態度がある。全ては行動で表せねば。
そう言えば福山雅治さんがラジオで誕生日にご両親に「生んでくれてありがとう」と言っていると聞いて、二年前からまねしている。
正直死ぬほど恥ずかしい。
今年両親に言ってみたら、その時ちょうどテレビでミスターセロの番組をやっていた。
テレビに釘付けの母の「あ、そ」のあまりにもそっけない返事に、私は番組の内容より驚いた。
三歩
投稿者 笹崎辰裕
昨日富山県へ出張だったので書き込みできなかった。と言うことで今日書かせてもらおう。
今月の終わりに今月頭の出来事を書くのもなんだけど、今月の始めに神輿会の会計の仕事を引継ぎさせていただいた。
引継ぎ事項を色々確認して、引継ぎ担当者と短い時間だけど神輿会のHPについて話をした。HPに氏子の方々のHPをリンクさせたらと言う案についてだ。
神輿というのは祭りの花だけど、地域事業に人を集めると言う役目も持っている。祭り自身の場を盛り上げる大切な役目だ。
だから私が加入している神輿会でもどうすれば人が集まるか、役員の人たちは色々考えている。
HPを作っている方はリンクを多くしてそこに氏子のメリットを持たせると同時に神輿会への関心を集めようと考えたらしい。なんだか話を聞いているうちにとても楽しい気持ちになった。
その後会長宅に行き引継ぎしましたと報告した。仕事の合間でやっていたので色々後迷惑もかけたはずなのに、何一つ文句も言われず「ご苦労様でした。ありがとう」との言葉をいただいた・・・・・うれしかった。
富山県への出張はFPグループの北信越総会だ。
FPグループの今年度のスローガンは「地域密着」
地域のなかにある一業者として地域にどう貢献するか。それがテーマだ。
地域への参加の方法は色々で、個人がそれを認識するどうかが実は大きなポイントなのではないかと思った。
一つ仕事が終わり、もう一つもなんとかなりそうだ。もう一つがんばろう。
一つ一つ終わっていくとそれはそれでほっとするのだが、少し寂しい気持ちになるのは私のわがままだろうか。
心の師
投稿者 笹崎辰裕
この月の始めに、私共でお住まいをご担当させていただいたお施主様がお亡くなりになられた。
お伺いするといつも笑顔で迎えてくださり、とてもうれしい気持ちにさせていただいた。
この方は私の碁の師匠である。
といっても私はたいして碁は打てない。ルールを知っているくらいである。
「いくつでも置石をしてもいいですよ」
私はとりあえずプライドの許す限り石を置かしてもらう。
ぱちん、と師が打つ。ぽち、と私が打つ。
ぱちん。ぽち。がしばらく続き
「はい。いただきますよ」
と言ってごっそり石をとられるのがいつものパターンだ。
「シチヨウ知らずは碁を打つな」
そういわれてごっそりとられ、思いきり負けた後
「さあ、もう一回打ちましょうか」
いつもと同じ笑顔で師が笑う。
こんなへぼと打って何が面白いのか。でも面白がっているのはよくわかる。
そんな師が大戦の時の話をして下さった時がある。
「魚雷がね、船の下を通り過ぎていくのが見えるんですよ。私の船は貨物用だったので底が平らでね。それでぶつからなかったんですよ」
からからと笑っていたが、私は何処で笑っていいのかわからなかった。怖くはなかったのかと聞くと、それすら麻痺したのだという。そしてまた笑った。
私が男の子が出来たと報告したとき奥様が男の子も欲しかったといったのにたいして、その代わりにあんな良い娘達に恵まれたろうと言って、そうですねえと応えた奥様と二人で笑っていた。
最後に碁を打ったときに、たいして私が練習していないのもわかっているだろうに
「強くなりましたかねえ」
と仰られた。もちろん一目でわかるくらい師の圧勝だったけど。
今は心より御冥福をお祈りします。
もう伝えられないけど、色々ありがとうございました。
ライジング☆コンサート
投稿者 笹崎辰裕
天空に瞬く一つの星が幾多の星を導き、今まさに銀河を成さんとしている。
・・・・・・ある漫画のある人を真似てみましたが・・・・・・手に変な汗をかいちまいました。今の気分はどちらかと言えば峰君です。何言ってるのかわからない方。あのクラシック漫画を買って下さい。
私が参加している団体のコンサートの話は何回か書きましたが、今冒頭の一文のような状況になってきました。
一人の女性のある思いから始まった活動が、人と人とのつながりを得て形になろうとしている。
色んなしがらみの中でどうすれば伝えたい気持ちを多くの人に感じてもらおうかと半年以上悩んで、苦しんでいたものの答えが現れようとしている。
音と言うのは一瞬で消えてしまうものだけど、記憶の中にはずーと残るもので、このコンサートも関った人達全てが思い出したら笑みが浮かぶようなものになればと願っています。
私はその人の中に何でもいいのでホントのコトが一つ見えるととてもその人が好きになります。困ったことにそれが良いコトでも悪いコトでも妙に惹かれてしまう。こう書くと、勝手にマイナスに解釈する人たちも出そうなので一言つけ加えなければだけど、私の友人には断じて悪人はいない。しかもおかげで友達のタイプには事欠かない。楽しい♪
もし機会が作れるのなら是非来て欲しい。真実があるから。
さあ半年後。あなたはそこで何を見つけるのでしょうか。そして私は・・・・・
ひとこと
投稿者 笹崎辰裕
最近印象に残っている一言。
「思いっきり落書きしてきましたから」
解体前のお住まいの壁に15人分の家族の似顔絵が描いてあった。
「自分のことをがんばればいいんだ」
経営セミナーの打ち上げで一緒に勉強をした方がおっしゃられた。ご本人は翌日そんなコト言ったっけと言ってた。
「辛い思いをしたから神様がご褒美をくれたんだよ」
カミサンが子供の写真を整理していた時、私が述べた感想に対しての返事。
親父の背中
投稿者 笹崎辰裕
私は親父が嫌いである。
ちなみにこのブログを呼んでいるような気配はまったくないので今日ものびのび書かせてもらう。
どこが嫌いかと言うと、まずあのたぬきみたいな顔。人の話を聞かないところ。聞いていてもびっくりするくらいきれいに忘れるところ。それでいて自分のやりたいことは人の都合はなんのその、必ずやっちまうところ。それでいて仕事は出来るあたりは尊敬するのを通り越して小憎たらしい。唯我独尊(ゆいがどくそんと読む・よーするにチョーワガママ)の四文字がぴったり似合う。そんな奴だからだ。
そんな親父とこの前一緒にお客様のご契約をさせていただいた。
30年前にうちでお建てになられたお客様で、今度は息子さん夫婦と一緒に住まわれるお住まいをお造りされる事になった。
ご契約の最中親父は口数少なく、私の隣でにこにこしながら私の説明を聞いていた。
私が入社して始めてのご契約のときは私の誕生日だった。風邪をひきふらふらしていたせいもあったろうけど、そのときお客様との対応をしていたのは親父だった。ご契約が終わったとき「いい誕生祝になったな」と言ったのを覚えている。
親父が代表として私と一緒にご契約をするのはこれが最後になった。
理由はわからないがなんだか寂しい。いや、理由なんかわかってたまるか。
そういえば、昔々親父と一緒にスポーツジムに行っていたときインストラクターに「親子なのに顔が似ていませんね♪」と言われたら、たぬき顔のあんちくしょうは「種が違う」と応えていた。
っておい!!!オレは鉄平君かい!!!
御挨拶
本日付けで代表取締役社長を拝命しました笹崎辰裕です。
いまだ至らぬ点が多く、先代と比べ多くの方に御不安、御不満を感じさせるかもしれません。
大役を仰せ付かったばかりではございますが初めて入社したときの緊張感を思い出し、新たな気持ちで仕事に向いたいと思います。
温故知新と言う言葉がございます。「ふるきをたずねてあたたかきをしる」と読み昔のことを研究し新しい道理を知ると言う意味だそうです。
温を恩と変え、知を治と変え今まで頂いた多くの方の恩を忘れず会社を治めて行くことが私の責務と感じております。
なんだか演説じみてしまいました。
重責に緊張していると同時に、新しい立場で仕事の中で今まで出来なかった新しい何かを行えるかを考え気持ちが高揚しております。
今後とも変わらぬお付き合いの程、なにとぞよろしくお願いします。